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No.016『猫は喋らない』

黒猫のレニーは私の一番の友達。
レニーはまだ仔猫だったときからいつも私といっしょだったの。
ご飯も一緒。
お風呂も一緒。
寝るときも一緒。
レニーの顔を見れば、何を考えてるのかが分かるし、
レニーも私の言うことを理解してくれているみたい。

そんなレニーがある日を境に喋るようになった。

最初はおどろいたけど、いくら私だってそんなにロマンチストじゃないよ。
猫が喋るなんてありえない。
きっと私はレニーに感情移入し過ぎてそんな気がしてるだけ。
確かにレニーの言動は一致してるけど、長い付き合いだもん、
もともと言葉なんか無くたって、心は通じてるんだし、
私に伝わってくるレニーの気持ちが私の中で言葉に変換されてるんだよね?

レニーを連れてこっそり家を抜け出してから3日目、
車や列車の荷台に潜り込んで、海沿いの町まで辿り着いた。
レニーと二人、海の見える通りを歩いていたら、レニーが私に語りかけてきた。

「マリー、お腹減ったよ。魚が食べたいなぁ。」

「うーん、私もお腹空いた~。
でもレニー、お魚はナマじゃ私が食べれないし、懐に隠すのも難しいわ。
ちょっとここで待ってて。あそこの果物屋さんで何か獲ってくるわ。」

私はレニーを置いて、通りの向かいにある果物屋さんへ駆けていった。

そっとお店を覗くと、
奥でお店のおばさんが他のお客さんの対応に忙しそうだった。

今はこっちを見ていない。チャンスだわ!

私は目の前の籠に盛られたオレンジを2つ3つと懐に放り込んだ。
あ。レニーはきっと酸っぱいものは食べれないわ。
辺りを見回し、後ろの籠にあったバナナを一房掴んで懐に仕舞おうとしたけど、
大きすぎて入りそうにない…。
しょうがないからこのまま手に持って退散しようとしたら、
後ろから誰かに肩を掴まれた。
びっくりして振り返ると、目の前にお店のおばさんが…。
おばさんはやや険しい顔で私を見つめてこう言った。

「ちょっと?勝手に持ってかれちゃ困るわ。」

どうしよう…。バナナに夢中ですぐ後ろまで来てたなんて気付かなかったわ…。
怒られる…。そして警察に連れてかれて、家に連れ戻されちゃう…
もう家には戻りたくないわ…私もレニーも虐められるのはもうイヤ…。

私が黙ったまま怯えていたら、おばさんは少し表情を緩めてこう言った。

「あなた…お金持ってないの…?」

私は、うん…、と頷いた。
おばさんは私の格好を上から下まで見て、何かを覚ったらしく、

「…いいよ、持ってって。」

と、優しく言ってくれた。

「…ありがとう!」

私はおばさんに頭を下げたあと、勢いよく振り返って
通りの向こうのレニーに手を振った。

「レニー、やったよ~!お店のおばさんが食べ物をくれたわ~♪」

そしてウキウキしながらレニーの方へ駆けていった。

「マリー!来ちゃダメだ!」

レニーが身を乗り出して叫んだ。


…それから何があったのか、
私は地面に仰向けに寝転んで、青い空を飛び交うカモメを見ていた。
目に映るカモメたちの鳴き声が聞こえてきた…。

「マリー!ねぇマリー!」

レニーが私の顔を覗き込んでいた。

「…レニー?何があったの…?体が…動かないわ…。」

視界の端からさっきの親切なおばさんが血相を変えて入ってきた。
「ちょっとキミ?!大丈夫?!しっかりして!
すみません!誰か、この子が※※※XXX…。」

…急におばさんの言葉が聞こえなくなった…。

「レニー…?レニー…、どこにいるの…?声が聞こえないわ…」

視線が宙を彷徨い、私はレニーの顔を見つけた。

「ボクはここに居るよ、マリー。死なないで…マリー。」

レニーが私の顔をペロっと舐めた……私は急に眠たくなった…

…そして目を閉じると、何も聞こえなくなった。

おやすみ、レニー…。




「…残念ですが、手遅れです。あなたのお子さんですか?」

「いいえ…、その、どうも家出をしてきた子みたいで…
うちで買い物をしたあと、急に道に飛び出したんです…
慌てて大声で呼び止めたんだけど、
あの子、まるで聞こえてないみたいに…そしたら車が…。」





『猫は喋らない』:yosssy(2005/06/29)
by YosssingLink | 2005-06-29 08:58 | ショートショート
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