仕事の待ち時間が予定以上に長引いて、
僕は暇潰しに馴染みのサイトをチェックし始めた。 ほとんど回り終えたが、まだ『お客』は現れない…。 ついでだから馴染みのアダルトサイトまでチェックし始めた。 すると新しいムービーが追加されていたので、何気なく開いてみた。 バナーの女の子の写真を見て、僕は愕然となった。 あれからもう数年経つけど、一度も忘れた事はない…。 高校時代、僕が密かに想いを寄せていた同じクラスのあのコと、こんなところで再会するなんて…。 いや、まさか…そんなワケは…。 きっと他人の空似だろう? ええ?! 冗談だろう?! 彼女、本名で出演してるじゃないかっ!? もう決まりじゃないかっ! …一体、どうしてなんだよ…。 高校の頃、ずっと憧れていた女の子がいたんだ。 でも僕には声を掛ける勇気が無くて…、 遠くから気付かれないように見てることしか出来なくて…。 掃除の時間、僕は一人で体育館裏の掃除をやっていた。 誰も見に来ないから、適当にサボりながら、ほとんどは一人で遊んでいたんだ。 空き缶を横一列に並べて、離れたところから小石を当てる遊びが得意だった。 僕は一人で集中する遊びが好きだったから、…一人の時間も多かったしね…。 だから、みるみる上手くなっていって、 いつのまにか何メートル先からでも正確に狙い打つことが出来るようになっていた。 あるとき、そんな寂しい僕を見つけてくれた人がいたんだ。 「上手いね。もっとやってみせてよ。」 次々に缶が跳ね上がり、その度に彼女はすごいすごいって、喜んでくれた。 僕も嬉しくて、調子に乗って何度もやった。 楽しかったなぁ。 でも折角いい雰囲気なのに、僕は彼女と目が合わせられないんだよね…。 ひたすら空き缶に石をぶつけて終わったよ。 次の日、また彼女が来てくれないかと期待して、 空き缶と小石を山ほど用意して待ってたんだ。 でも彼女はもう来なかったね…、そりゃあ来ないよね。 その後、彼女が蓮池ってヤツと二人で歩いてるのをよく見かけた。 蓮池は僕とは正反対で、気さくで社交的で、オマケにイイ奴だ。 蓮池に獲られるなら仕方が無い…そう思って身を引いた。 蓮池…、きっと君なら…そう思っていたのに、これはどういうことだ…?! なんで彼女がこんなところにいる!? 彼女はきっと、今頃は看護婦か青年実業家の妻にでもなっているんだと、勝手に思い込んでいたよ。 ああ、君はまさに僕の青春そのものだったのに…、 こんな事実、知りたくなかったよ…。 そう思いながら、僕は既にファイルをダウンロードし終えていた。 見てはいけないものだと知りながら、ムービーファイルをダブルクリックしてしまっていた。 数年振りに見る彼女の仕草…。 思い出に浸る間もなく、画面の中の彼女は 脂の乗った中年親父に丸裸に剥かれ、 卑猥な言葉を浴びせられながら好き放題おもちゃにされていた…。 「くそっ!この野郎!ふざけやがってっ!」 一通り見終えた後、僕は大事なノートパソコンを…そっと閉じた。 商売道具も兼ねてるんだ…、怒りに任せて壊したりなんかしないよ…フフ…。 そしてそのとき電話が鳴った。 「はい?」 「ターゲットがそっちに着く頃だ。ちゃんと見ているか?」 クライアントだ。 僕はブラインドの隙間から、外の大通りを見た。 黒塗りの高級車が向いのホテルの前に停まり、中から黒服の屈強な男達と、 白いスーツを身に纏い、肥え太った男が美女に挟まれて出てきた。 「なるほど、わかりやすい…。」 「分かっているな?大金を払うんだ、絶対に…」 「安心しろ。しくじりはしないさ。」 やがて白いスーツの男はホテルの一室に入り、服を脱ぎながら女達と戯れだした。 いや、服を脱いでるのは男の方だけだ。 全部脱ぎ終えたところで行き着くのはバスルームだ。 おあつらえ向きに、換気用の小窓からあんたのシャワーシーンが丸見えだぜ。 僕はスコープの中の十字を男の額に重ねて引き金を引いた。 音も悲鳴も無く、事は済んだ。 最初に気付くのは一緒に部屋に入った女たちだろうが、それも暫く先になるだろう。 僕はライフルをバラしてパソコンと一緒にスーツケースに仕舞い込むと、 2分と経たないうちに建物の裏手から通りに出て、仕事帰りのビジネスマンの群れに溶け込んだ。 すかさずタクシーを拾い、空港へと向かわせる。 ホテルの真ん前に停められた黒塗りの高級車。 その周りを右往左往する黒服の男達の横を一台のタクシーがすり抜けていった。 「お客さん、出張の帰りですか?」 「まぁ、そんなところだ…。これからまた他所の国を回らなきゃならないんだ…。」 「大変ですね。お忙しいんですね。」 「ああ…。まぁ、別に大変でも無いさ…、慣れてるからね…、 でも、今日はちょっと嫌な事があったよ…。」 運転手と当たり障りの無い会話を交わしながら、 僕はあの男の顔が頭から離れなくて、イラついていた。 いや、殺した男の方はどうでもいい…。空き缶と同じさ。 僕には触れることすら叶わなかった彼女を…あの野郎…。 いや、もういい…考えるのはヤメだ…。 こう考えよう。 きっとアレは、顔と声と雰囲気が似てて、同姓同名なだけの別人だったんだ…。 思い込みでそう見えただけさ。 仕事を終えた後、僕は密かにあの日の思い出に浸るのが習慣だった。 『空き缶』を射抜いたあとは、いつも彼女が僕を惜しげもなく賞賛してくれる…。 だから絶対に的を外す事は無い。百発百中さ。 でも今、目に浮かぶのは、次の日、来るはずの無い君を一人待つ僕…。 蓮池と談笑しながら歩く君を遠くから眺めている僕だった…。 彼女はもう来ない…。終わったんだ…。 僕は時計に目をやった。 フライトまではまだ少し時間がある。 「運転手さん、いい店を知ってたら、寄ってくれないかな?」 飲んで忘れよう…。そうするに限る。 『あの人は今…』:yosssy(2005/02/03)
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| 2005-02-06 14:01
| ショートショート
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