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No.014『トマト』

私はトマトが嫌いだ。

あれほど嫌いだと言ってるのにもかかわらず、
今日の昼食にも我が物顔でトマトが入っていた。
私はサラダの中のトマトをフォークで選り分けて、それ以外を食べた。

「好き嫌いは良くないよ?」

気が付くと私の横にトマトが立っていた。

最近、トマトの妖精が私の前によく現れてはどうでもいい話を聞かせてくるのだ。

「トマトも食べなよ。慣れれば美味しいんだよ?」

こいつ、トマトのくせに…仲間が食われて平気なの?
ああ、そうか、妖精だから概念が違うのか。
焼肉屋の看板で、牛自身がアピールしてるっていう、アレと同じか?
ふっ…。慣れれば美味しいか?
まぁ、食わず嫌いって人もいるからね。
でも、私のトマト嫌いはそんな生易しいもんじゃあないんだよ。

私は一切れのトマトにフォークを突き立てた。

「お?食べる気になった?」
「…、こんなの、食べ物じゃ無いよ。」

そう言って、すり潰して見せた。

「あーぁ…もったいないなぁ…。」
「…ねぇ、私がなんでトマト嫌いか、知ってる?」
「え…?えーと…、風味とか、酸味とか…?」
「そう…、味も臭いも最悪だけど、ただそれだけじゃない…。
トマトはイヤなコトばかり思い出させるのよ。」

物心付いたときからトマトが食べられなかった。
クセの強い野菜だから、最初は誰だって抵抗あると思うの。
でも未だに食べられないのは、
あのとき親がムリヤリ食べさせようとしたからだわ。

「ああ、トラウマってヤツだね?」

そうね。まずはそれで嫌いになった。
でもうちの親は毎日トマトを出してくるのよ。
私は泣いて抵抗したわ。それでも親は許してくれない。
しょっちゅうぶたれてたわ。まるで拷問よ…。
毎日の食事にいつも怯えてた。
いくら食べたって慣れないんだから…。
芋虫でも食べてるような気分だったわ。
分かる?この屈辱。
毎日虫を食べさせられるこの屈辱が…。
口にすればするほど嫌いになっていったわ。
ええ、憎しみさえ感じるわよ。
私はトマトが憎い。

「そんな…。気持ちは分かるけど、トマトに罪は無いんじゃない?
キミはきっと、過去の苦い経験と、トマトを直接結び付けているんだよ。
だからその時の辛い経験ばかりに気が行って、
トマト本来の味の良さを見失っているんじゃないかな?」

「へぇー。でもソレって何がいけないの?
あんただって嫌いなモンくらいあるでしょ?
そんな理屈で自分を騙せば何だって食えるっての?」

「……。」


…小学生の時、学校の近くにトマト農園があってさ。
だからか知んないけど、給食でトマトが出てくるのよ。
丸ごとだよ、丸ごと1個、丸のままで。
正気じゃないって。トマトを丸まま給食で出すなんてさぁ。
それで私がトマト嫌いなのを知ってて、
ニヤニヤしながら、あげる、あげるー、って
くれるヤツとかいるんだよね。
それを面白がって真似するバカも居たりしてさ。
あっという間に私の机の上はトマトの山になったよ。
トマトを持って追い回すアタマの悪い男子が出てきたかと思えば
調子に乗って私にトマトを投げつける輩まで出てくる始末。
熟れ過ぎなくらい熟れてたトマトだったから、思ったほど痛くは無かったけど、
私の服にトマトの汁とあのイヤな臭いがベッタリ染み付いた。
身をけがされたと思ったよ。
なのにみんな笑ってた。
心なしか、トマトも笑ってるように見えた。

「…それはまた、悲惨なお話だけど…、
でも、その場合はトマトだって被害者なんじゃない?
トマトもそんな扱いを受けて、嬉しいワケないよ。
きっとキミと一緒に泣いていたに違いないよ。」

「じゃあ、スペインのトマト祭りは?」

「……。」

「私に言わせれば、アレこそが地獄絵図だね。
スペイン人じゃなくてホント良かったよ。」


…前に付き合ってた彼がさ、よりにもよってトマトが大好物だっていうのよ。
どこのお店に行っても必ずトマトが入った料理を注文するアイツ。
私の目の前でこれ見よがしにトマトを頬張るアイツ。
別にアンタがドコで何を食おうが文句は言わないけどさ、
せめて私の前では遠慮して欲しいよね。
そう言ってやったら、アイツ、なんて言ったと思う?

「うっせぇなー、文句あんならお前帰れよ!」

信じられない!私よりトマトかよ?!
私は頭にきて、アイツのお気に入りのトマトに
フォークを突き刺してぐりぐりしてやった。
アイツは血相変えて「おい!何すんだよ?!」だって。
ふんっ、ざまあみろだわ。
それでアイツとはソレっきり。

「…つくづくトマトに縁が無いんだね…あ、縁があるのか…?
キミがトマトを毛嫌いする理由が分かってきたよ。」
「そうでしょ?こんな目にあえば、誰だって嫌いになるわよ。」


…この前、家に帰ったら、相変わらずうちの親がトマトを出してくるのよ。
しかも丸ごと。
さすがにもうウンザリ…、いい加減私も我慢の限界だわ。
そのトマトをこれでもかとフォークでザクザク刺してやった。
ぐちゃぐちゃに潰れたトマト…なんてキモチワルイ食べ物かしら。
そして臭いもサイアク。
でも私はスッキリしたわ。
あんなに清清しい気分は久し振りだったね。
今まで我慢せずに、もっと早くこうしてれば良かったわ。

「…それで、キミのトマト嫌いは、やっぱり直らないのかい?」
「ええ。多分、一生直らない。」
「…まぁ、嫌いなものも、その理由も人それぞれだけど…、
固定観念に囚われてないで、
たまには違う見方も必要なんじゃないかな…?
まぁ、コレは食べ物の好き嫌いだけじゃなく、
人間関係にも言えることだと思うけど…。
嫌いなトマトをムリに食べろとは言わないけど、
…例えばトマトが好きな人は、何で好きなのか…
って考えてみたらどうかな?」

「…アンタも私なんかのために、熱心だね。…それともトマトのため?」
「いや、もちろんキミのためだよ。」
「…フッ。分かったわ、少し考えてみるよ…。」
「え、そう?そうだね、ソレがいいよ。
それじゃ、そろそろ行くね。」


トマトの妖精が部屋を出て行った。
私は皿の上に残ったトマトの切れ端を暫く見つめた。

「食事、終わりましたか?あ、またトマトだけ残して…。
ちゃんと食べなきゃダメですよ?」

看護婦がトマトの乗った皿を片付けた。

「あ、相沢さん、そろそろカウンセリングの時間ですから。」

私が頷くのを確認して看護婦は出て行った。


ふと窓の外を見ると、さっきのトマトの妖精が外を歩いていた。
こっちを見たので手を振ってみた。
そしたら向こうも気付いて大きく手を振って応えてくれた。
私はちょっと嬉しくなってもっと大きく手を振った。

「あ。」

そのとき大きなトラックが窓の外を横切っていった。
そのトラックにかき消されるようにしてトマトの妖精は居なくなった。

途端に外が騒がしくなった。
私は窓に駆け寄って、身を乗り出した。
道路の真ん中でトマトが潰れて拡がっていた。
辺りに人が集まってきて、遠巻きにそれを見て騒いでいた。

…どうやら、トマトの妖精は潰れたときのみ他の人にも見えるらしい。





『トマト』:yosssy(2005/02/06)
by YosssingLink | 2005-02-12 17:13 | ショートショート
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