カテゴリ:ショートショート( 26 )

No.026『ユキエ』

生まれたときから身寄りの無かった私はこの家に引き取られ、
おじさまとおばさまに、それは大切に可愛がられ今日まで育てて頂きました。
この家での何不自由の無い暮らし…
あの時、おじさまとおばさまに拾って頂かなければ
私はそのまま野垂れ死にしていたのかもしれません。

ですが、こんな私にも叶わぬ望みというものがあるのです。
私はこの家に来てからというもの、一度も外へ出たことがありません。
ここでの暮らしに不満があるわけではないのですが、
窓の外に広がる世界への憧れと、まだ見ぬ人々との出会いを
常々夢見ておりました。

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by YosssingLink | 2006-06-25 11:35 | ショートショート

No.025『我が子の将来』

「僕は…。」

「…僕?」

病院のベッドで、僕は半身を起こして座っていて…、
僕が僕と言ったら目の前に座っていたお医者さんが聞き返してきた。
お医者さんの横には父さんと母さんが並んで座って、じっと僕を見ていた。

「キミのお父さんとお母さんだ。分るかい?」

「うん…。でも…」

…でも、僕は自分が誰なのか、よく分らなかった。
父さんや母さんのこととか、断片的な記憶があるだけで、
自分がどんな姿で、どのくらいの歳で…、それから名前も分らない…。
今、どうして病院にいるのか…とか、
さっきまで何をしていたのか…とか、それさえも分らなかった。
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by YosssingLink | 2006-05-25 00:23 | ショートショート

No.024『ロボット戦争』

ロボット開発が先進各国で盛んに行われる現代。
中でも軍事超大国Aは戦場においての精確且つ合理的な
戦闘を目的とした軍事用ロボットの開発に力を注いでいた。
家庭用ロボット開発に取り組む国もあるにはあるが、
いつの時代も先進技術はまず軍事利用に用いられてきた。

かつての大国同士が領土を巡って鎬を削り合うような戦争はなくなったが、
今の時代における戦争といえば、いわゆる「テロ戦争」だ。
軍事的にも経済的にも世界の頂点に君臨し、
「世界警察」の名を欲しいままにする某大国Aも
その支配に反発するテロの脅威に晒されていた。

「テロ対策、テロ撲滅」が声高に叫ばれるようになったのは、
ある大規模な自爆テロ事件が切っ掛けだった。
A国の経済発展の象徴だった建物がテロリストによって爆破され、
そこで働く多くの国民が命を落とした。
そのときに家族を失った人々は勿論、国民の一人一人が
自らがテロの標的であるのだという自覚に目覚めたのだった。
その事件が引き金となって、A国大統領は
テロ組織が潜伏していると目される国、
俗に『テロ支援国家』と呼ばれる国への侵攻及び武力制圧を宣言。
無論、名目は「自国防衛の為のテロリスト殲滅」である。
先の事件で壊滅的な被害を被ったA国民は誰一人として反対などしなかった。
国民が皆一致団結して大統領を後押しする格好となった。

やがて戦場に次々と軍隊が送り込まれた。
だが、いかにA国の軍事力が強大であろうと、
敵地での戦闘は決して楽観視出来るものではなかった。
地の利が向こうにあるのは勿論のこと、
敵兵は幾多の死線を潜り抜けてきた精鋭揃い、
その上、目的の為には手段を選ばず、
自らの命さえ惜しまぬ最強の戦闘集団だった。

地獄の戦場に送り込まれた未来ある若者たちが次々と散っていった。
戦況は圧しているように見えて、
実質、割に合わない損失を出しているのはA国側だった。
最初は賛同していたA国民たちも
遠く離れた戦場に息子の命を捧げることになった時点で
ようやく戦争に疑問を抱き始めた。
「テロ撲滅」一色だった世論も、ここに来て大きく割れた。

「今回の武力侵攻は本当にテロ制圧目的だったのか…?」
そんな疑問の声もあった。
そう言われる背景には「テロ支援国家」とされる国が
世界有数の石油産出国であったことが起因していた。

環境保全の問題から、CO2(二酸化炭素)の排出、すなわち
化石燃料の使用を制限しようという動きが先進各国で活発であるのに対し
実質的にリーダーの立場にあるはずのA国はその先頭に立つどころか
自国の国益を優先して協定から離脱の姿勢をとっていた。
A国は紛れもなく世界最大規模の工業国であり、
その石油消費量も群を抜いている。
無論、発展途上国も、
新規エネルギーシステムの開発に投資する余裕など無いため、
今現在もなお、世界の産業の中枢を担う資源といえば石油だった。

「戦没者の増大」という国民への直通の被害が
作戦遂行に対する不安や不信感を招き、
当然と思われた「正義」にまで疑問を差し挟む余地を与えてしまい、
それにより、A国はテロ事件に託けて、本当の狙いは石油資源なのでは…、
実はこれは侵略戦争なのでは…?という憶測をも生み出す結果となった。

自国の兵士の戦死に歯止めが掛からない以上、
国民の支持を得続けるのは困難となった。

そこで登場したのが、前述の『軍事用ロボット』である。
最新鋭の軍事ロボは無人の自律型で、死と隣り合わせの戦場に
前途ある若者を送り込むことなく、安全に敵を殲滅できる。
この画期的な兵器の登場により、再びA国内の「テロ制圧」熱は高まった。
テロを野放しにすれば、民衆の平和な日常が脅かされる…、
だが危険な戦場に若者を送り込んで死なせるわけにはいかない…、
その両方が同時に解決となれば、A国民にとっては万々歳だった。

一方、敵対する国側から見れば、自国にやってきて猛威を振るう
最新鋭の殺戮マシーンは未知の脅威だった。
世界中から血も涙も無いと恐れられた精鋭部隊も
本当に血も涙も無い機械が相手となると、人間的な弱さが諸に露呈した。
加えて経済的にも技術的にも十分とはいえない国の情勢では
対抗し得るだけの新兵器の投入も見込めず、
昔ながらのアナログな戦術で耐え凌ぐしかなかった。

その戦力の差は歴然で、誰の目にもこれで勝負あったかと思われた。
他所の国からは「やり過ぎでは…?」「人道に反する」
などの意見もあるにはあったが、
今回の戦闘は図らずもか、それともこれも計算の内か、
A国の軍事力を全世界に改めて呈示する
格好のデモンストレーションの役割も果たしてしまった。
最新兵器の圧倒的な威力を実際に見せ付けられたことによって、
自国の立場まで危うくなることを恐れた先進各国は
皆一様に押し黙ってしまったのだった。

しかし、「テロ制圧」に沸くA国の破竹の快進撃で
そのまま幕を閉じるかに思われた戦闘は、土壇場でまた新たな展開を見せた。

突如、敵地で次々と最新兵器が撃破され始め、
事実上、新兵器は無力化されてしまったのだ。

形勢は完全に逆転した。

この意外な展開に、A国は勿論、世界中がざわついた。
一体、戦地で何が起こったのか…?

如何に最新鋭のマシーンであろうと、
その行動を制御する自律プログラムはまだ発展途上の段階であり、
刻一刻と戦況が変化する戦場においての適応力には限度があった。
その点はまだまだ人間の頭脳の方が遥かに優秀である。
個々の戦闘能力ではマシンに劣るとはいえ、
戦場を生活の場にしてきた兵士たちの経験と勘は並みではない。
いつまでもコンピューターのパターン戦略が通用するものでもなかった。

つまり、攻略法を見つけられてしまったのである。

A国側は再び対策を迫られた。
やはり無人では不測の事態に対処出来ない。
せめてオペレーターが必要だ。
だが、再び戦地に人間を送り込もうという動きに、国民が過敏に反発した。
国民の反対を押し切って、有人型ロボに切り替えるか、
更なる新型無人兵器の開発を急ぐか…、その選択を迫られていた。

やがて、戦場に新たな無人兵器が登場した。
こういった事態を想定してか、どうやらA国は
既に新兵器の開発を極秘裏に進めていたようだ。
そして旧機を遥かに凌駕するその新兵器の性能に全世界が驚愕した。
無人機の弱点だった機動力、とっさの判断力は
その動きを見る限り到底自動操縦だとは考えられず、
「遠隔操作では…?」と囁かれたが、その新兵器の詳細は極秘とされ、
決して公に明かされることはなかった。

敵兵士を実に効率良く刈り取ってゆく最新鋭の軍事ロボ。
当然、その様子が直接的に報道されることなどなかったが、
その圧倒的な威力は瞬く間に全世界に知れ渡った。
今度こそ、決着も間近だろう…皆、一様にそう思った。


時を同じくして、A国内では
あるTVゲームソフトが子供たちの間でブームになっており、
国内各地で盛んにゲーム大会が行われていた。
優勝者には極秘開発中の新作のテストプレイヤーになれるという
特典があったので、子供たちは皆、夢中でプレイし、
決戦に備えて腕を磨くのだった。







『ロボット戦争』:yosssy(2005/07/30)
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by YosssingLink | 2005-08-03 19:35 | ショートショート

No.023『神様と私』

「今から一秒に一人ずつ殺していくことにしたよ。」

神の啓示。それは突然やってきた。

ある日、私の頭の中に直接声が響いてきた。
声の主は「自分はいわゆる神様だ」と言った。
その日から、神様と私の交信…
というか、他愛も無いおしゃべりが始まったのだった。

私は都内に住む、ごく普通の女子高生…
そんなありふれた私に神様が声を掛けてきたことがまず疑問だった…。

いや、それ以前に「神様」ってのを鵜呑みにするのがおかしいですか…?

もしかしたら私が個人的にアタマおかしくなったのかもですが、
まぁ、そんなコトとか結構どうでもよくて、
退屈な日常にも先行き暗い世の中にも飽きてたところだし、
イタ電の相手と妙に親しくなっちゃうみたいな感覚で、
その神様との会話も弾んじゃったってワケ。

「最近、人間がどうにも増え過ぎてねぇ。
人口増加も著しいし、平均寿命も延びちゃってるんだから困ったもんだよ。
今までみたいに、成り行き任せにってワケにもいかないから
それとは別に、これからは世界中の人間を無作為に
一人一秒のペースで殺していくことにしたのさ~。」

「えー?!マジで~?
一秒に一人って言ったら、1年で3153万6千人?!
えー、世界人口が今、仮に多く見積もって70億だとしたら
およそ222年で人類70億人全滅?!」

「いや~、それでも年8千万ずつ増えてってるから
全滅なんてまず無いって。」

「えー?…ってもう始まってんの?今こうしてる間にも
どっかで誰かが『神様主催イベント』で死んでってるってコト?」

「今までも起こってた死とは別に、ね。
今もせっせと遂行中さ。はっはっは。」

「…ねぇ、ソレって神様自らがやってる作業なの?
そんな、なんだかめんどくさそうな仕事、他の誰かにやらせるとか…、
あ。もしかしてアンタ、下っ端の神様…?」

「んー?下っ端も何も、神様はオレだけだからね。
なんつったって、唯一絶対の神なんだからねっ。」

「あ。そうなんだ…。じゃあ、そこには他に誰も居ないんだ?」

「ああ、だーれも居ないさ。」

「…それって、寂しくない?」

「んー?いやー、なんつーか、そーいう概念じゃないんだよなぁ~。
多分、人間とは価値観というか、考え方というか、ちょっと違うと思うんだよねぇ~。」

「えー?でも寂しいから私とおしゃべりしてるとかじゃないの?」

「いや、ど~かな~?まぁ、コレも気まぐれというか、
物見遊山というか…ってカンジかなぁ…。」

「ふーん。…前にも訊いた気がするけど、なんで私なワケ?」

「ん~?別に~。たまたまっつ~か?前にも言ったと思うけど…。」

「なーんだ…。ちょっと詰まんないな…そーいうのって。」

「あ~、ごめん、気ぃ悪くした~?まぁ、気楽に行こうよ。はっはっは。」

「…ところで、神様は一人だって言ったけど、
誰に命令されたワケでもないのに、なんでそんなコトしてんの?」

「お~、いい質問だねぇ~。
まぁ確かに、やりたくてやってるワケでもないけど、
やらずにはいられないというか…。
きっとアレだね。DNAが訴えかけるってヤツ?」

「神様なのにDNAかよ…。」

「いや、分かりやすい表現だったろ?」

「…あんた、ホントに神様?」

「おや~?失敬だな~。今更疑うのか~い?
ま、分からなくもないけどねっ。はっはっは。」


そんなカンジで私と神様は毎日ヒマさえあれば話をした。
その日、学校であったこととか、私の友達の話とか、
時には「恋のお悩み相談」とかね…。ははは…。
でも神様は、ほら、大概あんな調子だから
相談に乗ってもらっても全然当てにならないんだよね。
でも悩みや愚痴を聞いてもらえるってだけでも
気持ちは軽くなるもんだ。

でもいくら相手が神様でも、コミュニケーションにスレ違いは付き物で、
あるとき些細なことでケンカ別れになってしまった…。

「その友達の態度にも問題あると思うが、キミだって悪いんじゃないのかい?」

「なんでそういうコト言うのよっ?! アンタ何様?!
あー、もう神様とは話したくないわっ!」

そう言って、私の方から一方的にフったんだった…。
それから何度か、神様から呼び掛けがあったんだけど、
そのときの私はもうムシャクシャしてて、気持ちにゆとりがなかったんだなぁ…。
あれからずっと神様と話をしていない。

今思えば、確かに私にも問題があったかも…。

神様、どうしてるかなぁ…。
もしかして、もう他の誰かと楽しくおしゃべりしてたりとか…?

…そう言えば、一秒に一人ずつ、殺してるんだっけ?
全然実感湧かないんだけど…。
私の近辺でもそのうち誰かが…?

いずれ私も…?


「…ねぇ、神様? 聞こえてる…?」

「おっ、ユキか。久しぶりだな~。元気してた?」

「…うん。神様は? 最近どうしてた?」

「ん~?いや~、いたってフツーに神様してたけど?」

「何それ? …私の他には話し相手とか、いないの?」

「今んトコはいないなぁ~。ユキが怒ってスネちゃったから、
誰か探そうかとも思ったけどね。はっはっは。」

「…ごめん、神様。私が悪かったよ…。」

「いいって、気にすんなよ~。神様は心が広いからねっ。はっはっは。」

「あはは…。ところで神様?…私は、いつ死ぬの…?」

「ん~?どうした?急に…。気になるのかい?」

「うん…まぁ…。」

「んー。しかし残念ながら、そこんとこはこの神様にも分からないし、
仮に分かってたとしても教えられんのよねぇ~。
一応、公平に、無作為ってコトで、やってるからさぁ~。
いや勿論、自分、全知全能の神様ですから~?
自由自在に選出して、ってコトも出来るにゃ出来るけどねぇ~、
でもやっぱ、何においてもルールってのは必要なんだわね、コレが…」

「うん…てゆうか…、その…、
もし…、今、私の順番が来たら、神様は今すぐ私を殺すの…?
もしかして、私の順番が回って来ないようにしてくれてるとか…?」

「いや~、勿論、順を調整したりとかしてないし、ちゃんとやってるさ~。
実際、まだユキの名は出てきてないし、確率としては70億分の1だしなぁ~。
そうそう出てくるとは……おっ、そら来た!」






『神様と私』:yosssy(2005/07/30)
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by YosssingLink | 2005-07-31 19:54 | ショートショート

No.022『in the hell』

俺は地獄に堕ちた。

そして今の今までこの地獄の苦しみに耐えながら
永い時をやり過ごしてきたが、もう限界だ…。

一体、あとどれくらい続くんだ…、永遠にか…?
俺はこの無間地獄から永久に抜け出すことは出来ないのか…?!

絶望し切った俺は、どこまでも続くこの地獄の大地の上に
無限に広がる空を見上げ、何を見るでもなく、只々、宙を仰いでいた。

「どうした…?こんなところで何をしている…?」

途方に暮れる俺の前にふらりと現れたこの男…、
こいつは前々から他の連中とは違った雰囲気を持っていた。

「…疲れたか? …苦しいのか?」

そいつは何もかも見透かしたかのように、俺を見て言った。

「…あんた、何者だ?」

「俺か?…俺は、この地獄の監視役の一人さ。
お前たち罪人や、それを痛めつける地獄の鬼ども…、
それを何もせず、ただ黙って見ているのが俺の仕事なのさ。」

「…そうなのか。それで今まで俺を助けるでもなく苦しめるでもなく
ただひたすら傍観してたってわけか…。」

「ああ。そうさ。」

そいつは地獄の果ての地平を見据えながら、俺にこう言った。

「どうだ?慣れれば地獄もそんなに悪くはないだろう?
お前は気付いてないかもしれないが、
地獄だって悪いことばかりじゃないんだぜ?」

「…知ってるだろう?俺が今までどんな扱いを受けてきたか…。
そりゃあ、あんたは気楽なもんだろうよ。
けど、俺にとっては、何処まで行ったって地獄は地獄でしかない…。
…そういえば、なぜ俺だけが罰せられているんだ?
罪人は俺の他にもいるんだろう?
他の奴らは俺と違って苦しんでいるようには…いや、むしろ
優遇されているようにすら見えるのだが…?」

「お前には見えていないだけで、他にも罪人は大勢いるさ。
お前の周りにいる連中は見た目こそお前と変わらないが、
その実、奴らこそがお前を苦しめる使命を担う鬼なのさ。
たとえばお前に優しい言葉を掛ける奴がいたとしても
そいつが必ずしもお前の味方だとは限らないぜ。」

「…四面楚歌ってわけか…。
…なぁ、俺はずっとこのままなのか…?
このまま永遠に地獄の苦しみから抜け出せないのか…。」

「いいや、刑期を過ぎれば地獄ともおさらば出来るぜ。」

「なんだって…?本当か?!
いつかは転生して元の世界に戻れるというのか!?
刑期って、あとどれくらいなんだ!?」

「…さあな。残りの刑期がどの程度かは知らんが…、
だがな、地獄から抜けられると言っても、転生出来るわけじゃないぜ?
この地獄からも消えて、完全に無になっちまうのさ。」

「…そうかよ。…けどそれでも構わない。
この苦痛から解放されるのなら今すぐにだって消えたいくらいだ。」

「ふっ…そうか?
消えちまったら何も残らない…寂しいもんだぜ?」

「…なぁ、俺はもうこの地獄で苦しみ抜いて
消えるのを待つより他無いのか…?
何か転生する方法はないのかよ…。」

「…あるぜ。」

「…本当か?!」

「ああ。だが簡単にはいかないぜ?
お前が試練を乗り越えられればの話だがな…。試してみるか?」

「…何もせず見ているのが仕事じゃなかったのか?」

「おいおい、勘違いするなよ?
何もお前を助けようって言ってるんじゃない。
やる気があるんなら教えてやってもいいが、
その先はお前次第さ。…さて、どうする?」

「…教えてくれ!どうすればいい?」

「フッ…。まぁ、いろいろ手順はあるが…
まずは授業中、俺の話をよく聴くことだ。
それからお前を虐める連中の言いなりにはならない方がいい。
そして将来、いい大学に入っていい会社に就職しろ!

…おっと、そろそろ時間だぜ。
教室に戻るぞ、石田…どうした?返事は?」


「…はい、…先生。」





『in the hell』:yosssy(2005/07/30)
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by YosssingLink | 2005-07-30 18:16 | ショートショート

No.021『一生に一度のお願い』

人には皆平等に『一生に一度のお願い』が叶う機会が
生まれながらに与えられているのをご存知だろうか?

それを知らずに、日常のごくありふれた状況で
無意識に『一生に一度のお願い』を使ってしまう人は多い…
いや…、おそらく殆どの人間が何かの拍子に
一生一度きりの願いが叶ったことさえ知らぬまま
人生を終えていくのだろう…。

しかし、私には生まれつきそれを知覚し、コントロールできる能力があった。
大抵の人間が赤ん坊の頃の本能的な欲求で使ってしまうのだが、
私は16になった今でも『一生に一度のお願い』を使うことなく維持してきている。

『一生に一度のお願い』を叶えるには
「死ぬほど欲しい!」というくらいの渇望が必要なのだ。
私は将来、人生の決定的な場面において、
最良の願いを叶えるその時のために
今日まで決して何も強く願うことなく生きてきた。

だがそろそろその使い道を真剣に考えねばならない…。
これまでも暇なときに漠然といろいろ考えてきた。
自分に最も必要なものは何か…?

金…?

恋人…?

超人的能力…?

不老長寿…?

何しろ一度きりの願いなんだから、どれも甲乙付け難い…。
まだまだ先の人生も長いから、現時点で考え付くものなんて、
氷山の一角に過ぎないのかも知れないし…。

そうやって今までも結論の出ない考えを延々繰り返しながら
かつ、願いを消費してしまわぬよう、何に対しても執着せず、
そんな人生を送ってきた。
一発逆転の切り札を持っているという余裕からか、
人生において危機感というものも全く持ち合わせていなかった。

今まではそんなことに何の疑問も無かった私だが、
最近ふと思ったのだ…。


自分に欲しいものなんてあるのだろうか…?


『一生に一度のお願い』をいざというときまでとっておくために
敢えて私は何にも執着しない、無気力な人生を送ってきた…つもりだった。
でも実際はそうではなくて、
逆に何かを強く願うことが出来なくなっていたのだった。

何かを強く欲することも、失うのを怖れることもない。
誰かを強く憎むことも憧れることもない。
意識してやっていたつもりが、いつの間にかそれが自分の本質になっていた。
今となってはそんな自分を変えたいと本気で思うことも出来ない。

たとえ肉親が、あるいは自分自身が死ぬのだとしても、
きっとすんなり受け入れるのだろう…。

そもそもこんな能力さえ無ければマトモな人生観で居られたのかもしれない。

で、あるならば、もうこの際何でもいいから願いを叶えてしまって
これから普通の人生に切り替えればいいんじゃないのか?

ならば折角なら世界平和でも願ってみるか…?

世界中の人々に幸福を…。


…だが、願いが叶えられた気がしない…。
既に述べた通り、私は持って生まれた能力によって
願いが使われたかどうかが認識できるのだ。

世界平和の願いは叶わなかった…。
当然である。
私自身、心の底ではそんなことなど、どうでもいいと思っているのだから…。

やはり今の生ぬるい状況では渇望など有り得ない。
ならば自分自身を極限まで追い込んでみるか…。

私は何の装備も無いまま富士の樹海深くへと分け入った。

もっと手っ取り早く、ビルから飛び降りるなり、
日本海の荒波に身を投げるなり方法はいろいろ考えられるが、
そういった即決の方法では意識が状況を深く理解しないまま
死んでしまう可能性があると思われたので、
ゆっくりと徐々に追い込んでいく方法を選んでみた。

それから何日経ったか…、飲まず食わずの日々が続いて、
私は衰弱し切って体力も限界が近づいていた。
空腹感はあってもやはり私の積み重ねてきた無気力人生の性はしぶとく、
何かを食べたいと強く願うことも無かった。

だが、流石に渇きには耐え切れなかった。
水…。とにかく水が必要だ…。

ついに来たか…?これが、渇望というやつか…?

水だ…!水が…欲しい…!今すぐ水をくれ…!!


……。


おかしいな…?何も起こらない…?
まだ渇きが足りないのか…?
だが、私の感覚が…『願い』が消費されたのを…

いや、分からない…、衰弱しきったせいで、どうにも感覚がつかめない…。

…とにかく私は這った。
力の限り這いずり回って水を探して廻った…。

そうだ…、耳を澄ませば、川のせせらぎが聴こえてくるかも…


それから…やがて私は川に辿り着き、一命をとりとめ、
その後は必至で生き延びて、奇跡的に自力で樹海から生還することが出来た。


そしてまた、元の生活に戻ったわけだが、
今までとは何もかもが違って見えた。

あのとき、私の願いが叶えられたのかどうかは分からない。
そもそも自分にそんな能力があったのかどうかも
今となっては分からないし、もうそんなことは関係ない。





『一生に一度のお願い』:yosssy(2005/07/27)
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by YosssingLink | 2005-07-27 22:06 | ショートショート

No.020『嘘から出た真琴』

最初は軽い悪戯だった。


パソコンで写真を捏造するのは僕の最も得意とするところ。
そのとき一番ハマってたのが、いろんな人間の写真を
パーツごとに切り貼りして、リアルな別人として復元する…
分かりやすく言えば、アイドルの顔とAV女優の体を繋ぐ…、
俗に言う『アイドル・コラージュ(アイコラ)』みたいなもの。
一般的な観点で言えば、なんとも低俗な趣味と言わざるを得ないが、
僕の手に掛かればフランケンシュタインの怪物みたいなツギハギじゃあなくて、
フツーに撮った写真と遜色ないレベルのモノを作成出来る。

そのテクを駆使して、いろんなアイドルの顔のパーツを組み合わせた
この世に存在しない美少女の顔写真を作ってみた。
それが我ながらなかなか良い出来栄えだったので、
誰かに見せびらかしたくなった僕はあることを思いつき、そして実行した。

「この人を探しています。

:芳沢 真琴(19)
:身長160前後
:200×年×月失踪。
:発見に繋がる情報提供者の方には謝礼をお出し致します。

凸凹財団代表  芳沢 恒光」

写真と文書をWEB上に掲載した。
当然、全てデタラメ。

架空の人物だから見つかる筈も無い。
書き込みがあるとしたら、ガセネタ・冷かしの類か
他の誰かと勘違いした人によるものくらいだろう。
もし仮に警察の目に付いたとしても、誰かに実害が及ぶワケじゃないし、
警察だっていちいち相手にするほど暇でも無いだろう。
僕はただ反応を楽しみながら、適当にレスするか、
飽きたら放棄すればいいだけ。

そして数日のうちに予想以上の反響があった。

「前に見たことあります」
「昔の友人に似ています」

やれやれホントかよ…。

「別れた彼女です」
「妹です」
「母です」

まったく、ウソツキどもめ…。

まぁ、これはこれで面白いのだけど、
もっとガッチリ食いついてくるようなヤツは居ないものか…。

そんな冴えない書き込みがしばらく続いたが
何日も経って、もう飽きを通り越して忘れかけていた頃になって
遂にとんでもないのが現れた。

「私の写真です。」

なんと、そこには僕が作ったあの顔と
全く同じ顔の別の写真が添えられていた?!

…そんなバカな?!
ここまで似ている人間が実際にいるものなのか…?
確かに可能性はあるが…

いや、待てよ…、
もしかしたら僕をも凌ぐアイコラ職人の仕業か…?!

だが一流の職人を自負する僕の目から見ても、
この添付画像は捏造ではなく本物の写真としか思えない…!
それだけデキがイイということなのか…っ?!
畜生…っ!

こうなったら、こいつが何者なのか、正体を暴いてやりたくなった。
僕は騙された風を装いながらレスで探りを入れてゆき、
やり取りを重ねるうち、遂には会おうという話にまで発展した。

僕は待合せの場所をこちらから指定し、
またこっちから直ぐに特定できるよう全身赤い服装で来るように指示した。

もし現場に写真の人物が現れたとしても、
そもそも「芳沢 真琴」自体、存在しないんだ…、
本気で乗ってきているわけがない…だとしたら狙いは何だ…?

いや待て…、写真の人物は当日現場に現れるどころか存在自体が怪しいんだ。
それよりも写真を作ったヤツが見物しに来る可能性の方が高い。
現場に誰も現れない可能性も多分にあるが、その場合は仕方が無いとして、
とりあえず、何者が出てくるか…敵よりも先に…
いや、敵に覚られることなく見極めてやる!

僕が指定したのは某有名待合せスポット。
とある駅前の広場である。
ここを選んだのには色々と理由がある。

まず現場の真正面のビル1Fには行き付けのファミレスがあり、
窓辺の席から現場を一望できる。
当日、僕は約束の時間よりも2時間早くそこへ行き、
確実に窓辺の隅の席をゲットする。
空いてなければ空くのを待つ。
そのために2時間も前に現場入りするのだ。
そして、平日のその時間帯ならば、
客はほとんど入らないのもリサーチ済み。
であれば、2つある角のテーブルのどちらかは
押さえることが出来るだろう…。

それだけではない。
駅前広場には街頭監視カメラがいくつも設置されており、
ほぼ死角無く監視されている。
僕は事前にそのうちの数台にハッキングして
ノートパソコンで一度にモニタリング出来るよう準備しておいた。
これでファミレスに居座りながら、周囲の状況を常に把握できる。

だが、監視用のカメラでは人間の顔カタチまでは判別できない。
もしも写真の人物らしきものが現れた場合に備え、
監視カメラとは別に自前のズーム機能付カメラを現場の要所に数台設置。

現場に現れたターゲットが正面を向く可能性は高い。
何故なら僕が待機するファミレスがあるビルの正面外壁には
巨大なスクリーンが設置されているからだ。
その場合、僕は1Fファミレス店内から双眼鏡で
ターゲットの顔を直接確認できる。
もし遮蔽物があったり、正面以外を向いている場合でも
複数台のズームカメラでカバーできる筈だ。

同じファミレス店内に敵が潜伏している可能性もある。
しかし角の席を陣取っていれば、後ろからモニターを覗かれることはない。
更に店内の監視カメラにもアクセスしておけば、
怪しいヤツが居ればすぐに発見できる。

作戦に抜かりは無い!


ここまでやって、もし誰も来なかったら…?

…それならそれで一向に構わない。
この場合は結果を得ることよりも、結果を知ることが重要なのだ。


やがて待合せの時間が差し迫った頃、
なんと、現場に赤い服の女性が現れた。

まさか…僕は落ち着いて顔を確認した。

むぅ…写真と瓜二つ…。
ホントに実在していたとは…
そして、ホントにやってくるとは…。

何者だ…? 何者で何が目的だ…?!

僕は周囲の状況を確認しながら、
彼女に接触すべきか否か迷っていた。
いや、当初はそんな気など毛頭無く、
ただひたすら傍観して帰るつもりでいた。

『芳沢 真琴』は言うなれば、僕の理想の女性像である。
その彼女が現実に存在し、しかもすぐ会えるところまで来ているというのに、
このまますれ違いで終わっていいのだろうか…?
この機会を逃せば、おそらくはもう二度と関わることはないだろう…。

ならば行くしか…
しかし、事の顛末をどう説明すればいい…?
相手の目的だって未だ不明である。

しかし、ここでじっと観察していたところで、
彼女から真相を聞きだせるワケでもない。

彼女が広場に設置された時計を見た。
待ち合わせの時間を5分過ぎている。

このままでは彼女は帰ってしまう。

再び僕は駅前監視カメラの映像を確認する。
敵がこの中に潜んでいるとして、
公用監視カメラまで意識しているとは思えない。
怪しいヤツが居ればそれと判る筈だ。

敵と思しき人物が居ないのを確認すると、
パソコンを片付け、店の外に出た。

後は彼女に何を話すかだが、ここはもう出たとこ勝負だ。
探りを入れながら状況を見て、
正直に話すか、嘘を吐き通すか考えよう…。

スクランブル交差点を渡りながら呼吸を整えた。
彼女の視線がこちらに向けられたので、僕は小さく手を振って合図を送った。
交差点を渡って近づいてくる僕を怪訝そうに見つめる彼女。
無理も無い。彼女が想像していた人物像とは
おそらく似ても似つかない人間が現れたのだから…。

手を伸ばせば届く距離まで近づいても、
彼女は黙ったまま視線を上下に漂わせていた。
沈黙は拙いと思い、僕の方から声を掛けた。

「初めまして。芳沢 真琴さん、ですよね…?」

「…あなた、誰ですか?『芳沢 恒光』さんじゃないですよね…?」

「ええ、私は仲介人の鈴村といいます。
恒光氏は都合によりこの場には来られません。」

「…そうですか。」

やはり恒光とは面識は無いのだな…。当然の話だが。

さて、どうする…?
ここから何を話そうか…。
世間話などしていては怪しまれるだけ…
いや、相手も相当怪しいからお互い様か…?
…とにかく、主導権を取られてはまずい。
こっちから先に質問を投げかけるんだ!

「すみません、一応、ご本人であることを確認するためにお訊きしますが、
真琴さん、あなたは恒光氏とはどういうご関係ですか?」

これでどうだ…。さあ、何と答える…?!

「…あの、実は私、…記憶喪失なんです!」

何…!?

そう来たか…。まあいい…おかげでこっちも助かった…。
変に巧く返されたらこちらも対処のしようがないところだったが、
記憶喪失か…それが嘘であれ本当であれ…いや、本当なワケないよな…?
とにかく、これでこっちの好きなように話を進められる…。

「そうでしたか…。それは大変でしたね…。」

僕は平静を装いながら相槌を返した。

「ええ…。私、自分が誰なのか…その手がかりを探していたんですが、
その手伝いをしてくれていた方が
あのインターネットの告知のことを教えてくれて…、
自分の名前が『芳沢 真琴』だったことも、その時初めて知ったんです。」

「…そう、なんですか…。」

…。なんか、迫真の演技というか…、
とても嘘を言ってるようには見えないな…。

いや、待てよ…。

自分の名前も憶えてないのなら、
たまたまよく似た人物が記憶喪失だった
というのも有り得なくは無いか…。

彼女のプロフィールが全くの別物だったとしても
彼女が自分を『芳沢 真琴』だと思い込んでいる可能性は十分に…
とは言えないが、一応可能性としてあるにはある…?!

…まいったな…。もし彼女が本当に記憶喪失なら
これ以上騙し続けるのは気が引ける…。
だが今更本当のことも言いにくい…。

次第に後ろめたさが強くなってきた僕は、
彼女の顔をまともに見れなくて、俯いていた。
…ダメだ、顔を上げろ!
彼女に気付かれてしまう…!
再び顔を上げると、彼女はうっすらと目に涙を浮かべていた。

「…? どうか、されましたか…?」

「ああ…、すみません、…ごめんなさい。
私…、今まで、ずっと不安だったんです…。
このままずっと…自分が誰なのか
分からないままなんじゃないかって…。
でも、良かった…こうして自分のことを知ってる人に
会うことが出来て…。
私…あなたに出会えて、本当に良かったです…。」

彼女は涙を拭いて笑った…。

「…いえ、こちらこそ…。」

「もっと私のこと…、いろいろ教えてください!」

気付けば僕は何もかもを夢中で喋っていた。
「何もかも」とは僕が作り上げた『芳沢 真琴』の設定諸々のことだ。

これでもう彼女の元の人生は完全に狂ってしまうのだろうか…?
彼女の涙、笑顔を思えば、そのたび胸が痛んだ。
けどその反面、自分の妄想がそのまま現実になったような気がして
興奮も治まらなかった。

だがいずれバレてしまうに決まっている…。
いや、もうこうなったらとことんやるだけやって、
彼女にはホントに『真琴』になってもらうしか…!!

よし、ソレで行こう…!!

「…ああ、すみません。立ち話も何でしたね…。
続きはどこかでお茶でも飲みながら…。」

「ええ、そうですね…。」


はぁ…。疲れた…。
なんとか信じてもらえたみたい…。
でも、記憶喪失で通したけど、ここから先も気は抜けないわ…。
もう元の人生になんて戻りたくないし、
なんとしても私は『芳沢 真琴』としてやり直すのよ!
でも良かった…。
ホンモノの『真琴』が先に名乗り出てたらヤバかったわ…。
この先もホンモノが出てこないとは限らないけど、
せめて消費者金融から借りた
整形費用をせしめるまでバレるワケには…!!





『嘘から出た真琴』:yosssy(2005/07/14)
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by YosssingLink | 2005-07-18 23:48 | ショートショート

No.019『Messiah』

目を開けるとそこには見慣れない光景が…。
僕はベッドに寝かされていた。

「おお、気が付かれましたか。」

傍らの老人が言った。

「あなたは…?僕は…、なぜ、ここに…?」

僕は…何も憶えていなかった。
ここが何処で、自分は何をしていたのか…
自分が誰なのかさえ分からなかった…。

「…やはり何も憶えてはおりませんか…。
おそらくあのときの光が記憶を消し去ったのでしょう…。」

「あのとき…?光…?」

光…。

確かに光を見たような気がした…。強く…大きな光を…。

老人が窓の外を指差した。

「あれが何か…憶えておいでですかな?」

森の向こうに大きな谷が横たわっている。

「あの渓谷ですか…?あれが何か…?」

「あれは谷ではなく穴なのですよ。
魔界へ通ずる大穴…。
あの穴を通って魔界から魔物の軍勢が押し寄せ、
我ら地上の人間はあわや滅亡かと思われたとき、
一人の若者が現れて
光の法術で魔物の軍勢を元の穴へと封印したのです。」

「魔物が…穴から…?」

「憶えておられないのなら、俄かには信じ難いでしょうな…。
ですが、この世界が魔の手に脅かされ、そしてそこから救われたのも
全て本当の話…。
闇の支配から地上を護る光をもたらした若者、
その我らが救世主こそが貴方様なのです。」

「僕が、救世主だって…?!
まさか…、そんなことした憶えも…
というより、何も憶えていないというのに…?!」

「光が放たれたとき、皆それまでの多くのことを忘れてしまったようだ…。
わしらも今憶えているのはこの世界が救われたということぐらいで…。
だが戦が終わりを告げたとき、光の中から現れたのは
他の誰でもない…貴方様だったのですよ。」

「この僕が…?信じられない…それに、何一つ思い出せない…。」

「…まぁ、無理に思い出すことも有りますまい…。
世界に平和が戻ったことだし、しばらくはこの村でゆっくりとお過ごしくだされ。
そのうちに何か思い出すかもしれません。」

「はい…。」

お爺さんはそう言ってくれてはいるけど…、
本当に僕はこの世界を救った救世主なのだろうか…?

なにしろ記憶が無いんだ…。
そういった疑念は自ずと出てくる…。
今、僕の体は満身創痍だが、しっかり傷の手当てがなされている。
このお爺さんが、傷付き倒れていた僕を
ここへ運んで手当てしてくれたのだろう…。

ここへ来る前、僕は一体何を…?
魔物の軍勢と戦っていたのか…?

お爺さんは僕が救世主だから助けてくれたのか…?

では、もしもそうではなかったら…?


「お爺様…?」

部屋に僕と同じくらいの歳の女の子が入って来た。

「あっ…。救世主様、目を覚まされたのですね。」

彼女は僕を見て、優しく微笑んだ。
その瞳は僕を救世主だと信じて疑わない、
朝露のような澄み切った瞳だった。

「ほっほっほ。孫娘のキャロルです。」

「はぁ…ど、どーも…。」

「私たちが再びこうして暮らせるのも救世主様のおかげですわ。
本当にありがとうございました。」

彼女はにこやかに微笑んで、恭しく僕に頭を下げた。

「いや…、そんな…でも、僕は…。」

僕は照れて仕方無かったが、
同時に何も憶えていないことが心に重く圧し掛かっていた。

「ほっほっほ。気になさるな…。」

キャロルのお祖父さんが軽く僕の肩を叩いた。

「みんな、救世主様がお目覚めになられたわ♪」

キャロルが部屋の外に声を掛けると、
老若男女たくさんの村の人たちが部屋に押し寄せた。

「ああ、救世主様!ありがとうございます!」
「きっと貴方は神がこの地上に遣わされたに違いない!」
「救世主様!救世主様!」

子供も大人も皆、この僕に手を合わせたり床にひれ伏したり…
とにかく拝み倒された。
感謝されるのはいいにしても、ここまでだとやはりどうにもいたたまれない…。

「これこれ、みんな、やめないか。救世主様が困っておられるではないか。」

キャロルのお祖父さんが皆を諫めた。

「あの…、すみません、僕は…何も、憶えてなくて…。
だから、本当は救世主かどうかも分からないんです…。
だから、そういうの…やめてもらえませんか…?」

僕が思い切ってそう言ったら、途端にその場が静まり返った…
きっと、皆がっかりしたのだろう…言うべきでは無かったか…

だがキャロルはこう言った。

「…ごめんなさい。あなたの気も知らないで、勝手に騒いじゃって…。
でも、気にしないで…。あなたが誰でも私たちは歓迎するわ。
世界が平和になって、私たちは今、とても幸せなの。
あなたも私たちと一緒にこの平和を謳歌しましょう♪」

「あ…ありがとう…。」

キャロルの優しさが身に沁みた。
心に重く圧し掛かっていた重圧や過去の記憶への拘りは
溶けて無くなったように感じた。
キャロルも、そして村人のみんなも、とても幸せそうだ…。
世界が平和になって、本当に良かった…。

窓の外の大穴を見た。
あの暗い奥底は今も闇の世界へと繋がっているのだろうか…?
魔界とはどんなところなのだろう…?

再び闇の世界の門が開かれるときが来ないとも限らない…
もし僕が…本当に救世主だったとして、
その時はまたこの世界を救うことが出来るのだろうか…?

やはり、一刻も早く記憶を取り戻さなければならない…。
この人たちを…、キャロルの笑顔を護るために…!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「魔王様…!魔王様…!!」


…誰かが呼ぶ声がした…。

目を開けるとそこには見慣れない光景が…。
俺はベッドに寝かされていた。

「おお、気が付かれましたか。」

傍らの老人が言った。

「だ、誰だ貴様…?!…、俺は、なぜここに…?!」

「…やはり何も憶えてはおりませんか…。
おそらくあのときの光が記憶を消し去ったのでしょう…。」

「あのとき…?光…!?」

「我々はどうやら地上奪還に失敗したようです…。
地上に巣食う人間どもの代表が光の術で穴を塞いでしまったのです。」

俺は窓から空を見上げた。
一面を覆う灰色の雲が渦を巻き、その中心に黒い穴があった。

「穴は…、塞がったのか…?」

「残念ながら…。ですが、魔王様から御命令が頂ければ、
我ら軍勢はいつでも再起の準備は整っておりますぞ!」

「…。俺が、魔王…?」

「…お忘れですか。無理もありません。
我らとて、あの光で多くの記憶を失ってしまいました…。
ですが、かつて我ら一族が支配していた地上を再び取り戻すという使命だけは
皆決して忘れてなどおりません!
さあ、魔王様!皆待ち兼ねておりますぞ!どうか出陣のご命令を!!」


…そうか、穴は塞がったか…。
そして、やはりあの光で皆が記憶の一部を失った…。

だが、術を使った俺自身は全て憶えている!


ここは俺の居場所じゃない…!!





『Messiah』:yosssy(2005/07/12)
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by YosssingLink | 2005-07-15 20:54 | ショートショート

No.018『薬缶女』

彼女がくれた最初のプレゼントは薬缶だった。

「関口くんちって、確か薬缶無かったでしょ?
何かと必要なんじゃないかって思って。
私だと思って、大事に使ってネ♪」

「ああ、ありがとう…。買おうと、思ってたんだ。助かったよ…。」

確かにウチには薬缶は無かった。
けどその代りに電気ポットがあるので、
はっきり言ってお湯には不自由していない。
でも折角彼女が僕のために選んでくれた贈り物を
受け取らないワケにはいかない。
使うことはないかもしれないけど、大事にしまっておこう、と思った。

「関口くん♪薬缶、どうだった?」

次の日、早速彼女が訊いて来た。

「えっ…? あ。ごめん…、昨日はまだ、使ってなくて…。」

僕は軽い気持ちで答えたが、その途端、
彼女の朗らかな笑顔が一転して険しくなった。

「…どうして?…どうして使ってくれないの!?
私の薬缶のドコが気に入らないって言うの!!?」

彼女はわあっ!と泣き崩れた。

「ホントは薬缶なんて要らないって思ってるんでしょ?!」

図星を突かれて一瞬焦る僕だったが、
とりあえず今は彼女をなだめないといけない…。

「ちっ、違うよ…。たまたま昨日は使う機会が無かっただけで…」
「うそ!きっと私のことも、要らないって思ってるんだわ!!」
「おいおい…。」

彼女はとても冗談を言ってる風ではなく、
わあわあ大泣きしながら突拍子も無いことをまくし立てるので、
僕はもう説得するというよりは、しどろもどろになりながら、
分かった分かった…と、頷いてみせるより他無かった。

「今日は…、いや、今日からちゃんと使うから…。」
「ホントに…?毎日使ってくれる…?」
「う…ん…。毎日、使うよ…。」
「私だと思って使ってくれる…?」
「…、うん。キミだと思って、大切に使わせてもらうよ…。」
「うれしい♪」

彼女の機嫌が直った…。良かった…。


その日の午後、アパートの自室で適当に過ごしていたら、
彼女から電話が掛かってきた。

「ねえ?ちゃんと薬缶使ってる?」

…使っているワケは無いが、ここは勿論、

「…ああ、今使ってたトコだよ。」
「ホント?うれしい♪」
「ああ…、とても使い勝手が良くて、…えーと、
なんていうか、…いい薬缶だよ、うん。」

「じゃあ、今から行くね♪」
「え…?」

間髪入れずにインターホンが鳴った。

まさか…、彼女が…?!
僕は慌てて戸棚の奥から薬缶を引っ張り出した!
そして水道の蛇口を全開にして水を注ぎ込む。
その間もインターホンは容赦なく鳴り続け、次第にその間隔は短くなっていき、
やがてドアノブのガチャガチャという音に変わっていった…。
水位が1/3ほどに達したところで、素早くコンロの火にかける…
急がねば…彼女は合鍵を…

カチッ。ロックを解除する音がした。

危ない…間一髪間に合った…。
僕は何食わぬ顔で彼女を出迎えに行く。

「もう、関口くん!どうして開けてくれないの?!」
「ああ、ごめん…、ちょっと、その…着替えてて…。
いや、でも急に来るもんだからびっくりしたよ。」
「…ふーん。」

彼女は台所の方へ歩いていった。
やはり薬缶を見に来たのか…。

真新しい薬缶はコンロの強火で焙られている。
これを見れば彼女も安心してくれるだろう…。
僕はそう思っていたが、台所に立つ彼女は後姿のままこう言った。

「…冷たい。」
「え…?」

「薬缶がまだ冷たいじゃない!どういうこと!?」

「…いや、だから…、温め直そうと…。」

「うそよ!注ぎ口だって乾いてるじゃない!
ホントは一度も使ってないのね?!」

「ち、違う!誤解だよ…!!」

「そのうち捨てる気なんでしょ!?薬缶も私も!!」

「そんなワケないだろっ!!」

「うそつき!!死んでやる!!」

彼女は包丁を掴んだかと思えば次の瞬間には手首から鮮血を噴いていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・


傷は深かったが彼女は奇跡的に助かった。
手首の神経等にも後遺症は残らないとか…。

「関口くん、ごめんね。私…、どうかしてたわ。」
「いや…僕の方こそ…。」
「…でもね、関口くん…。私の気持ちも分かって欲しいの。」

「…うん。」


その日から、僕は暇さえあれば薬缶を火に掛けていた。
別にお湯が要るわけじゃない。
またあの時のような彼女の奇襲攻撃に備えているのである。

あれから数日して、また突然彼女がやってきた。

だが今度こそ心配ない。
日頃の備えのおかげで、万全の態勢で彼女を迎えることが出来る。

「やあ、今日はどうしたの?」
「関口くん、私、今日からここで関口くんと暮らすことに決めたわ。」

「え!?」

「関口くんがちゃんと薬缶を使ってるか、気になって夜も眠れないのよ。
それなら一緒に住めばいいって思ったの♪」

「…いや、そんな、急に言われても…、あ、大丈夫だよ…。
ちゃんと毎日使ってるし、今だって、丁度…。」

「…。関口くん、私と一緒じゃイヤなの…?」

「えっ、いや、違うって、そうじゃなくて…。」

「うそよ!ホントはジャマだって思ってるのね!?薬缶も私も!!」

「いや、ちょっと待ってよっ…!!」

「死んでやる!!」

彼女は荷物を放り捨てて駆け出して行った。
僕は裸足のまま追いかけ、屋上で彼女を捕まえた。


そして、彼女との同棲生活が始まった。
そうなると当然、毎日薬缶でお湯を沸かすわけだが、
どうやら彼女の言う「いつも」というのは
「一日一回」という意味では無かったようで、
それこそ四六時中、休むことなく薬缶を火に掛け続けるのが
彼女の望みなんだそうな…。

「…あのさ、沸かしてもどうせ使わないんだし…。」

「え…?今、何て?『どうせ…』何?」

「…いえ、なんでもありません…。」


お湯が使われなくても、薬缶が火に掛けられてさえいれば、
彼女は上機嫌だった。
薬缶のことさえなければ、明るくて優しくて可愛い女の子なので、
まあ、いいか…余計なことは言うまい…そう思った。

しかし、ひとつだけ、どうしても気になることが…。
彼女は夜中、寝ているときでさえ、火を消すことを許さないのだ。

「やっぱり危ないから、夜中はよそうよ…。」
「大丈夫。私がちゃんと見てるから、関口くんは安心して眠って♪」

事故になり家に火が付くのも怖かったが、
あまり口答えして彼女に火が付く方がもっと怖かった。

まぁ、彼女、執着心だけは強いから…、
粘り強く見張っててくれるだろう…。

だが、その晩、僕が眠っている間に事件は起きた。

夜中に彼女が目を覚ますと、コンロの火が消えていた。
きっと吹き零れか何かだろう…。
だが彼女は起き抜けだったせいか、
あまり深く考えることなく蛍光灯の明かりを灯した。
既に部屋中にガスが充満しており、アパートの一室は大爆発を起こした。

僕らの住んでいた部屋はほぼ全壊。

だが、彼女は奇跡的に軽傷で済んだ。
僕はといえば、これまた奇跡的に軽い火傷と、
爆発で倒れてきた棚で右足を骨折、その程度で済んだ。
今は病院のベッドの上だけど、松葉杖を使えば歩けるし、
その気になればすぐにでも退院できる。
あの薬缶も今はもう焼け跡の残骸に埋もれるただの鉄屑…。
これでやっと、薬缶の呪縛から解放されるんだ…。

窓から吹き込んでくる風が清清しい…。


「関口くん、おはよう♪怪我の具合はどう?」

「ああ、もう平気だよ。多分、今日か明日にでも退院できるんじゃないかな…。」

「良かった~♪
でも関口くん、足はまだ治ってないでしょ?だから私、

関口くんのために車椅子買ってきたの♪」





『薬缶女』:yosssy(2005/07/11)
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by YosssingLink | 2005-07-12 01:14 | ショートショート

No.017『カンニング』

「全員、用紙は行き渡りましたか?
まだですよ?私が言うまで問題用紙は伏せて置いてください。
いいですか?それでは始め!」

戸田先生の合図で生徒たちは一斉に紙を表にし、名前を記入した後、
机に覆い被さるようにして問題を解き始めた。
やがて鉛筆の先が小刻みに机を叩く音が教室中に響き渡る。
指先や消しゴムで机をトントン叩く音や、シャーペンをカチカチとノックする音…、
爪先でパタパタ床を叩く者もいて、
静かだった教室は俄かに騒がしくなってはいたものの、
皆テストに集中しているらしく、私語などは一切聞こえてはこなかった。

戸田先生は教壇から生徒たちを見渡し、
怪しい行動を起こす者が居ないか注意深く監視していた。

「…いいですかー?不正行為は決してしないように…」

戸田先生が口を開くと、途端に生徒たちが
一斉にピタリと動きを止め、顔を上げた。
まるで軍隊のようなその統率された動きに、戸田先生は思わず身を引いた。

「ど、…どうしたんだ?君達…?」

するとすぐ目の前の席にいた女子生徒がこう答えた。

「先生、静かにしてください。問題に集中出来ません。」

「…え?…あ、ぁあ、すまない…。」

そして再び全員問題用紙に視線を戻し、
また鉛筆やらノックやらの音で騒がしくなった。
それ以降、戸田先生は一言も発することが出来なかった。


やがて全科目が終了し、採点がなされたが、
戸田先生の受け持つ2年2組の採点結果を巡って
職員室が大騒ぎになっていた。

「戸田先生!あなたのクラスだけ全員全教科満点とはどういうことですか!?」

「何か不正が行われていたんじゃないんですか?!
テスト中、ちゃんと監視していなかったんですかっ?!」

各教科の教員たちが一斉に戸田先生に詰め寄った。
まさかの事態に戸田先生は焦りと困惑を露にしながら弁明した。

「いや、まさか…ちゃんと監視していましたが、
生徒たちは別段不審な行動は…採点ミスってことは…ない、ですか…?」

「採点ミスでオール満点になりますかっ?!」

余計な事を言って、各教科の先生方の苛立ちを煽ってしまった。

見兼ねた教頭先生が割って入った。
「まぁ、皆さん落ち着いて。戸田先生は真面目だがまだお若い方だ。
戸田先生?生徒たちを疑うわけでは無いが、
いくらなんでも全員満点というのはあまりに不自然だ。
そして戸田先生の管理能力を疑うわけでは無いが、
最近の生徒達の手口はなかなか侮れませんよ。
ここはひとつ、経験豊かな学年主任の川村先生監視の下、
再試験ということにしましょう。」

かくして、2年2組のみ、特例で再試験が行われることになった。
若くて人の良さそうな戸田先生と違い、
川村先生は老獪で鷹のような鋭い眼光を放っていた。
教卓に問題用紙の束をドン!と叩きつけるように置くと、
どすの利いた声で生徒たちを一喝した。

「私はどんな不正も見逃しません!ではこれより再試験を行う!」

速やかに問題用紙が配られ、張り詰めた空気の中、
川村先生の雷鳴にも似た開始の合図が鳴り響いた!

「始め!」

生徒達は一斉に問題に取り掛かり、やがてまたカタカタと騒がしくなった。
川村先生は教卓の向こうにドンと構え、
腕組みをしてじっと生徒達を睨みつけていた。
この状況で、もし小さな紙切れを回し読みしたり、
隣の席を覗こうとする輩が居ようものなら
たとえ殺されても不思議ではない…
そう思わせるほどの凄みがあった。
当然、そんな愚行に走る者など居る筈も無かった。
皆、一見して真面目に自分の問題用紙だけに向かっていた。

だが突然、川村先生は教卓をぶち壊さんばかりの勢いで握り拳を打ち下ろし、
その轟音が全生徒を凍て付かせた。

そして目を丸くした生徒達に一喝!

「モールス信号は禁止!」




『カンニング』:yosssy(2005/06/29)
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by YosssingLink | 2005-07-01 21:46 | ショートショート